ステイホームで旅行も帰省もできず、満月期の上に天候も悪そうな年末年始。機材いじりと画像処理と、あとは読書でもしようかと思って買った新刊本。既に天文界隈では有名なようで遅ればせながら読んだ。遊歩新夢(著)、実業之日本社。第一回令和小説大賞受賞。
主人公の青年が天体観測をライフワークとしているので、そのあたりの描写は非常に細かい。一般的な小説の典型的な天体観測場面といえば、例えば「屈折経緯台を河原へ担いでいって、ポンと置いて星に向けて、接眼レンズを覗く」という風だが、この小説はそんな古いものではない。ネタバレになるので書けないが、最初の天体観望場面から「天文屋さん」がニヤニヤするような最新の技術が満載となっている。それも学術的で難しい話ではなくアマチュアが使う身近な手法もあり、まるで天文ブログの観測・撮影記事をリアルタイムで読んでいるような気になる。しかしそれでは一般人がついてこられず小説にならないので、いわゆる「一般人としての聞き手」の役を天体観測・撮影知識ゼロのヒロインの少女が担う。
それだけでは単なる「お兄さんと少女の天体観測入門記」になるが、もちろんそんなことはなく、マニアックな導入部を過ぎると、徐々にストーリが展開していく。終盤にかけては、天文の専門的内容はストーリーを進めるための重要な舞台と小道具となるものの、主体は主人公とヒロインの心情であり、(帯に書いている通り)紛れもない劇的なラブストーリーである。
ストーリー展開は難解な人間関係や場面転換もなく文章も読みやすい。主人公やヒロインと同じ十代の若者から年寄りまで幅広い年齢層が読めると思う。帯には「誰もがきっと涙する」とも書かれているが、多くの人の場合、涙腺を刺激されるのはヒロインの境遇とそれに対する主人公の感情描写だと思う。しかし私は個人的に「何か一つの目標に向かうときの(オンライン)コミュニティーの熱さ」のほうに感情移入した。また別のカタルシスを感じさせる場面もあって、そちらのほうにスッキリという人がいるかもしれない。このように一見王道ストーリーで平易なのに、様々な「盛り上げポイント」を配置する作者の上手さを感じられる作品だと思った。
なお、日本テレビによる実写ドラマ化(2021年1月初旬放映予定)は、「原作」ではなく「原案」となっており、登場人物や設定・ストーリーがかなり異なっているよう。残念ながら関西地方では放送されないようなので確かめようがない。
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